育成の星②

 巨人での育成選手ときたら、この選手だろう。かなりのインパクトと存在感を残した松本哲也。

 高校は山梨学院附属高校である。1年の夏に全国大会に出場。高校の2年先輩には玉山健太、1年先輩には大島崇行、1年後輩には明石健志内村賢介がいる。この頃の山梨学院はプロ野球選手をたくさん輩出してたことになる。大学は専修大に進み、4年時にはキャプテンを務めた。同期には長谷川勇也、1学年下には土本恭平がいた。そして、2006年のドラフト会議で、育成ドラフト3巡目で巨人から指名され入団した。

 2007年の春季キャンプでの活躍が認められて、巨人の育成からは初めて支配下登録された。しかし、この年の1軍出場は無かった。2008年は5月28日の楽天戦で一軍初出場。5月31日のソフトバンク戦での初打席で、一塁を駆け抜けた時に右のくるぶしを剥離骨折。全治2ヶ月で、この年もこれ以降は1軍での出番は無かった。2009年はWBCに選ばれた亀井に代わり、オープン戦の出番が激増。そのまま、初の開幕1軍。その後も試合に出続けて、129試合372打数109安打16盗塁。打率.293と大活躍。育成出身野手で初めての新人王。また、育成出身初のゴールデングラブ賞も獲得した。2010年は開幕スタメン。開幕から絶好調で4割を超える打率と12盗塁をマークしていたが、左太腿裏の筋膜炎により戦線離脱。7月に復帰。序盤の活躍が認められて、オールスターにファン投票で選出。育成出身野手として初出場。初安打を記録した。2011年は大不振でほとんど出番なし。2012年と2013年は復活するも、打率は下降。その後は若手の台頭もあり、出場機会は減っていく。2017年には1軍出場機会は無く、シーズン終了後に引退となった。現在はファームのコーチを務めている。現役時代は青い稲妻2世と呼ばれることとなった。

 

 松本哲也の活躍は、体が小さくてもできるぞと示したのに加えて、育成選手でも頑張れば活躍できることを証明した。残した功績は大きいと思う。