巨人に来て輝いた外国人投手

 巨人は外国人選手を略奪するとか、金満球団が横取りするとか他球団ファンやマスコミ等から今でも言われることがある。確かに当たっている案件もあるが、それが全てでも無い。ヤクルトから移籍してきたディッキーゴンザレスは巨人に来て輝いた投手の一人ではないか。

 ヤクルトには2004年から投げる。チーム事情から中継ぎで投げていたり、先発が不足した時は谷間で先発でも投げていた。ヤクルト時代から、指を骨折するなど怪我が多いイメージもあった。2006年はガトームソンとの併用により、10日おきの登板もよくあったが、9勝7敗と見事な成績を挙げる。起用法に不満のガトームソンは退団。ゴンザレスは残留を希望。これが、ゴンザレスのターニングポイントなのではないか。2007年は右肘痛により、靭帯移植手術を受けてシーズンを棒に振る。2008年の終盤に復活を果たして1勝を挙げるも、自由契約により退団となった。 

 2009年には巨人に移籍。当時、そこそこ勝ってくれれば良いかなというイメージだった。外国人枠の関係で開幕を2軍で迎える。この間に2軍投手コーチの小谷正勝コーチの指導でチェンジアップを取得。結果的に開幕を2軍で迎えたことにより、花が開いたと言っても良いだろう。不調のアルフォンゾに代わって5月に1軍に昇格。5月3日の阪神戦で移籍後初勝利。そこから5連勝。34イニング連続無四球という安定した投球を見せて、大竹寛と並んで5月の月間MVPに輝く。怪我明けということもあり、好投していても100球前後でマウンドを降りていた。そして、吉見一起館山昌平最多勝争いをする。惜しくも最多勝を逃したが、15勝2敗。防御率2.11。と素晴らしい成績を残す。当時には表彰がなかった最多勝率であった。2010年は一転して5勝13敗とセリーグで1番負けの多い投手となった。その原因は、2009年中日に対して4勝0敗だったが、2010年は0勝5敗となったことからもあるように、研究されたのであろう。前年カモにしていたチームに翌年はカモにされるということもよくあることだ。その後は2012年まで巨人にいて、2013年はロッテと渡り歩いた。 

 大柄な体ではあるが、2009年の活躍年にはゴールデングラブ賞を獲得。悪い言い方をすれば、一発屋かもしれないが、タイトルを取るなど一発ヒットできただけでも凄いことだと思う。先発投手として貯金を13作ることは中々できない。助っ人がこのぐらい活躍してくれれば、その年は万々歳だろう。